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大阪高等裁判所 昭和61年(う)494号 判決

本籍

京都市右京区梅津フケノ川町一番地の二

住所

同市同区梅津中倉町二六番地の三〇

建築業

藤本勝英

昭和一七年一月九日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和六一年三月二〇日京都地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 小林秀春 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人豊岡勇作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官小林秀春作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

第一控訴趣意中、事実誤認の主張について

論旨は、要するに、本件において被告人は、全日本同和会京都府・市連合会(以下同和会と略称する。)が納税申告手続を代行するに当っては、税務当局が同和行政の一環としての特別措置により適法に税を減免してくれるものと信じていたのであるから、脱税の犯意を欠くにもかかわらず、原判決は、信用性に欠ける被告人の検察官調書等に基いてその犯意を肯定し被告人を有罪としたものであって、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認があるというのである。

そこで検討するに、原判決挙示の各証拠を総合すれば、被告人に脱税の犯意があった点を含めて原判示事実はすべてこれを肯認することができ、当審における事実取調べの結果を併せ検討してもその結論には消長をきたさない。

すなわち、右各証拠によれば、被告人は同和組織の一つである前記同和会の現会長鈴木元動丸とはかねてじっこんの間柄であったところ昭和五五年ころ同人に勧められて同和会南支部を結成してその支部長に就任し現在に至っていること、同和会は、同年一二月ころ大阪国税局及び同管内の上京税務署との間で交渉し、同和会傘下の納税者の課税に関し、同和対策上の事実上の配慮として「納税申告の窓口を同和会本部に一本化したうえ、同本部を経由する自主申告は原則的に承認し、調査を必要とする場合にも同和会とともに当ること。」を骨子とする申し合せを行なったこと、以来同和会では、地区住民の納税申告手続を数多く代行するようになったが、その対象は必ずしも同和会会員もしくは同和出身の納税者と限ることなく、多額の納税が予定されその軽減を望む納税義務者一般からその正規の税額の約半額で納税申告手続をすべて代行処理することを約して委任を取りつけ、受領した金額のうちの一、二割程度を納税に充てた残りは同和会へのカンパ金として取得し、これを同和会の運営費のほかその納税申告手続に関与した同和会関係者やそれら納税義務者の紹介者らに謝礼金として分配されていたこと、右のように納税金額を低額に押える方法は、納税義務者が架空の多額連帯保証債務を負担し、これを履行したが求償不可能であると事実を虚構した書類を添付するなどして、これを特別控除額に計上しその所得金額を著しく減縮した虚偽過少の確定申告書を所轄税務署に提出するという不正の行為によって税を免れるものであったこと、これは同和会会長の鈴木元動丸や同会役員の長谷部純夫、渡守秀治らが同和会の税務対策として発案し指導推進していた方針であり、被告人において、かねて、右長谷部から税額を減縮する方法として、各納税義務者に借金があるように装って架空の特別控除額を計上して確定申告するなど前示脱税工作の骨子内容を聞知していたこと、右のような同和会の納税申告手続の代行に対して、税務当局が特に不正を咎めたり調査を行なったりした事跡はなかったこと、そして本件は、それぞれの所有土地売却に伴って多額の譲渡所得税を支払わなければならない納税義務者(本件共犯者中村清一及び同村上治)の納税申告手続につき、被告人が同和会の前記長谷部らに同会がこれを代行するように取り次いだ結果、被告人を含む原判示の各共犯者が相謀り、従前から同和会が行なっていた前記税務対策の方針に従い、原判示どおりの手段、方法によりいずれも納税義務者が多額の連帯保証債務を負担していたなどと仮装したうえ虚偽過少の確定申告書を提出して税を免れたものであり、右関係書類は、同和会本部の共犯者が作成して申告手続を経由し、被告人は、右書類作成には直接関与しなかったが、仲介の過程でその内容を見る機会はあったこと、右いずれの場合においても、納税義務者に支払わせた金額は、正規の税額の半額程度(中村につき正規税額二、三五三万余円に対し一、三五〇万円、村上につき同じく一、四六六万余円に対し八〇〇万円)でありながら、実際に納税申告した金額は、その一割前後の額(中村につき一一五万余円、村上につき九〇万余円)であって、正規税額の僅か五、六%程度に過ぎず、その残額は、従前の例に従い右納税申告手続に関与した同和会関係者のほか仲介者らに謝礼金などの名目で配分され、被告人はそのうち、中村分として約四〇〇万円を、村上分として約一七〇万円を取得したこと、右中村及び村上はいずれも、自分らの土地譲渡所得税の納税申告が正規に支払うべき税額の半額程度で済むということには、何らかの不正手段が講じられるものとの疑念を抱いてはいたが、実際の納税申告額が前記のように著しく低額(正規税額の約五、六%)であることまでは予め知らされていなかったこと、被告人自身は、本件以外にも同様に税対と称する納税申告手続の代行の仲介を数件取り扱っており、いずれも右申告書類の作成に直接関与しなかったものの、右仲介の都度、虚偽過少の確定申告書控や納付書兼領収証書等の書類の内容を見て架空の特別控除による申告納税の内容を知悉していたことがそれぞれ認められ、以上認定の事実に徴すれば、前記同和会による税務対策の一環ということで従前からとっていた方針に従ったとみられる本件各確定申告手続の代行が、架空の連帯保証債務を虚構するなどして申告納税額を減縮した違法不正な脱税行為に当ることは明らかである。

なお、同和会と税務当局との間で前示のような事実上の申合せがなされた点について付言するに、右申合せはあくまで同和会傘下の同和地区納税者(同和出身者を含め)を対象とし、しかも調査方法の如何はともかくとして必要があるときには調査を行なう余地も残してあることからみても、単に同和会を窓口にする納税申告であれば、納税義務者の範囲を限定せず、かつどのような内容の納税申告でも無条件に承認することを約束した趣意のものとは解されず、まして多額の架空債務による特別控除分を偽装した虚偽過少の確定申告を国家機関である税務当局が正式に許容することなどあり得ないところであり、とりわけ本件におけるように、同和会が一般納税義務者との間で、正規の税額の半額位で納税申告手続一切を代行することを請負うような形で、申告納税額を正規税額の僅か約五、六%に減縮するため、虚偽の内容の書類でつじつま合せをし、その大部分の残額は同和会もしくは関係者個人が利得するという方法を是認していたとは常識上到底考えられないところであって、同和会会長である前記鈴木元動丸や同会本部役員である長谷部純夫、渡守秀治らにおいては、それが脱税行為に当ることを十分認識していたものと認めるのが相当である。

そして以上認定の事実と原判決が挙示する被告人の各検察官調書(その供述内容は、必ずしも一貫しないが、要するに、同和会が納税義務者の納税申告手続を代行することに関しては、先に、同和会事務局長である前記長谷部から「同和会を通して納税申告をするのであれば正規の税金の半分位でよく、そのうちの一割程度を税金として納めれば残りは同和会のカンパ金にできる。このことは税務署との間で話がついているので調査もない。ただし、納税者に借金があったような形を整えるため書類上のつじつまは合わせなければならない。」旨の説明を受け、常識的に税額を低く押えるために架空の保証債務などの特別控除分を作るなどすることは許されないと思い長谷部に確かめたが、大丈夫だという答えであったので信用して納税者を仲介した。つじつま合せの具体的な手口は教えられなかったので知らなかったが、納税者に対しては、書類上多額の架空債務があるようにして特別控除することで税金が少なくなることは説明した。仲介をする納税者は特に対象を選ばなかった。カンパ金の中から被告人が分配を受けた金は、一部支部の経費に充てた分もあったが、被告人個人の預金口座に入れ自由に使った。などというものである)を総合すると、被告人は、本件各納税申告手続について、当該書類の作成には直接関与せず、原判示のような内容の不正手段による虚偽過少の確定申告がなされることにつき、具体的にその逐一までを了知していたとはいえないにしても、少くとも架空の前記債務に伴う特別控除額を書類上作出してこれを計上し、違法不正に各所得税を免れようとするものであることを事前に認識しながら、納税義務者である中村清一及び村上治を同和会本部の前記共犯者に仲介し、納税金の授受や右納税義務者に確定申告書の内容を説明するなどの役割を分担し、各脱税により利益の分配を受け、その一部を謝礼金として受領したことが認められ、してみると、被告人は概括的にせよ脱税の犯意をもって原判示の共同犯行に及んだものといわざるを得ない。

所論は、被告人の右各検察官調書は、取調官の誘導、誤導を交えた苛酷な追及にあった被告人が心ならずも事実無根の自白をしたもので、信用性がないというのであるが、取調官の取調方法が右所論のようなものであった事跡は証拠上窺えないばかりか、供述内容自体前記認定の客観的事実関係に符合して自然であるうえ、被告人にとって有利と思える弁明も十分に録取されていることなどに照らし、その自白部分は、信用性を具有するものと認められ、これに疑問を抱かせるような事情は記録上見当らない。ただ、被告人の原、当審における各公判供述や長谷部純夫の当審証言など証拠の一部には所論に沿うものもないわけでないが、これらは前記認定の事実と対比しいずれも借信するに足りない。

なお所論は、被告人は、本件各納税申告に関して税務当局の同和対策上の優遇措置として適法有効に税の減免が受けられるものと信じていた旨主張し、他の同和組織である部落解放同盟の事例や地方自治体の同和地区住民に対する固定資産税や都市計画税等の減免措置の存在等を根拠に挙げるのであるが、前説示のとおり、本件のような違法不正な脱税の手口、方法を税務当局が容認する筈がないことは常識上当然の事理であり、そのように認識し疑念を抱いた被告人が、前記長谷部の説明を聞いて本件のような手段、方法による納税申告を行なっても大丈夫だと信じたというのは、それまで同様の納税申告が税務当局や司直によって調査されたり咎められたりした事実がなかったため、ことが改めて問題化するおそれはあるまいと考えたに過ぎないものと認められ、また所論の前記解放同盟の事例や減免措置の存在は、被告人の本件脱税の犯意を阻却する合理的事由とは認めがたく、他に記録上右脱税の犯意を疑わせるような事情は、これを見出すことはできない。

結局、本件において、被告人に脱税の犯意があったことを認定するのに証拠上何の支障もなく、これを肯認して被告人を有罪とした原判決に事実誤認のかどはない。論旨は理由がない。

第二控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨は、原判決の量刑不当を主張するので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するのに、本件は、被告人が原判示同和会関係者らと共謀のうえ、同会を通じてする納税申告に対する税務当局のチェックが甘いことを奇貨として、土地譲渡に伴う多額の納税義務者から正規税額の半額位で納税申告手続を代行することを引き受け、納税義務者が高額の架空連帯保証債務を有し、その債務を履行したが求償不能で損害を被ったなどと書類上虚構し、正規税額の僅か五、六%程度に申告納税額を減縮し、それぞれ、二、二三八万四、二〇〇円(原判示第一)及び一、三六八万六、八〇〇円(原判示第二)の土地譲渡所得税を免れた事犯で、被告人は、右同和会所属の支部長として右納税義務者を同和会本部に仲介する役割を果したのであるが、本件は、まさに同和会の組織を挙げての営利的な計画的犯行であり、その手口は巧妙でほ脱金額、ほ脱率ともに高く、そのうえカンパ金と称して同和会側が取得した金額も多額に及び、被告人自身も多額の謝礼金を取得していることなど申告納税制度を悪用した利己的な犯行態様は悪質で、反省態度も十分とはいえない点を考慮すると、その犯情は軽視しがたく、被告人が申告書類の作成には直接関与していないことのほか所論指摘の被告人に有利な情状を十分斟酌しても、被告人を懲役一年二月(三年間執行猶予)及び罰金七〇〇万円に処した原判決の量刑が不当に重いとは認められない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大西一夫 裁判官 濱田武律 裁判官 谷村允裕)

昭和六一年(う)第四九四号

○控訴趣意書

被告人 藤本勝英

右被告人に係る頭書被告事件につき弁護人の申し立てる控訴の趣意は左記の通りであります。

昭和六一年六月一六日

右被告人弁護人弁護士 豊岡勇

大阪高等裁判所第三刑事部 御中

控訴の趣旨

一 原判決には

(一)事実の誤認があり、其の為め被告人が有罪の判決を受けたものにつき、貴庁におかれ原判決をご破棄の上、被告人に対し無罪の判決を賜りたし。

(二)若し右が認められないとしても、原判決には量刑不当の誤りがありますので、貴庁におかれ原判決をご破棄相成り、被告人に対し出来得る限りのご寛大なるご判決を賜りますよう

お願いを申上げます。

控訴の事由

第一、被告人の本件各所為に係る犯意

一、所得税法第二三八条違反の構成要件と被告人の所為

本件各判示の罪となる行為に関与した各納税義務者らおよび同人らのための各納税申告代行々為に関与した関係人らの所為が、税務官署側から所得税法第二三八条違反の行為なりとして告発を受けた事情の許では、被告人の所為もまた外形的には共犯理論により同条所定の構成要件に該当する結果となることは止むを得ないところである。

二、被告人の本件各所為に係る犯意について、

( )解放同盟による納税申告の代行について、

被告人は予ねてから、昭和四五年頃以降、解放同盟が納税者らのために納税申告の代行をした場合には税務ご当局の格別の行政上の措置としての優遇を受け、納税額が大抵は零として取扱われている旨を屡々耳にしていた許りか、然かも後日それが税務ご当局から問題として採上げられた由を一度も見聞したことがなかったところから、被告人としては、解放同盟において納税申告の代行した納税については昭和四四年法律第六〇号同和対策事業特別措置法乃至昭和四五年二月一〇日付国税庁長官通達「同和問題について」の精神に則り、同和対策の一環として行政上格別の措置によりこれらの納税に係る減免の取扱いを相成っているものと信じ込んでいたものである。

(二)全日本同和会京都府市連合会による納税申告の代行

所謂革新的解放団体としての解放同盟に対し、保守政治支持の立場からの解放運動を推進しようとする全日本同和会では、京都府における革新政府終息と同時に京都府下での組織拡大とその同和運動の強化とを打出し、その一環として、

1 全日本同和会京都府市連合会本部役員らが昭和五五年一二月一日頃、大阪国税局同和対策室を訪れ、全日本同和会についても解放同盟と同様に納税者らのための納税申告代行をなすことを承認すると共に、これらの代行申告した納税については其の減免につき解放同盟の場合におけると同様に税務ご当局において格別の行政上の優遇措置を採られたい旨を陳情して同国税局側の諒承を得た結果、

2 同年一二月八日、全日本同和会京都府市連合会幹部らが京都府下の筆頭税務署である上京税務署において同和問題担当官である河合康雄総務課長らと会談協議の揚句、向後は京都府下各税務署においては何れも同和問題担当官たる各署総務課長を窓口として、同和会京都府市連本部税対担当者の手を通じて代行提出する各納税義務者らの納税申告書を一括受理し、解放同盟が大阪企業連合会や京都企業連合会の手を通じて一括提出した代行納税申告の場合と同様に行政的特別措置としてこれら納税についても格別の優遇的取扱いをすべき旨の諒解確認が成立した。

その結果、昭和五六年度分以降の納税申告について同和会京都府市連合会本部がこれを代行して京都府下各税務署の各総務課長を窓口として一括提出した納税については、何れも税務ご当局の各具体的指導のもとにこれら申告が受理され、且前記双方間の協議諒解通りの納税額の優遇を得た許りか、これらの各納税については、事前の修正申告の勧奨乃至事後の更正処分等のなかったのは勿論、これら各申告分については後日税務ご当局による調査などは全然なされなかった。

三、被告人の右税務ご当局の優遇措置に対する認識

(一)適法有効の旨確信

右の如き事情から被告人は税務ご当局により多年に亘って慣習として反覆継続されてきた解放同盟乃至同和会の申告代行による納税に対する格別の減免の取扱いについては、間違いもなく適法有効なものとの確信を抱いてきた。

(二)刑法第三八条第三項本文との関係

およそ税法と通達との関係について、かって判例は、

「課税がたまたま通達を機縁として行われたものであっても、通達の内容が法の正しい解釈に合致するものである以上、課税処分は法の根拠に基く処分と解するに妨げない」と解した(昭和三三・三・二八最判、民集一二-四-六二四)。

果して然らば、専ら税法の行政的運用の掌に当る税務官署が国税庁長官通達に立脚して解放同盟乃至同和会が納税申告を代行した納税については敢えて当該納税者の資格を問うことなく格別の行政的措置として減免の取扱いをしてきた許りか斯かる取扱いが多年に亘って一種の行政的慣行として反覆継続されてきた事実に鑑み、課税に関する格別の取扱は税務官署による所得税その他の税法の前記国税庁長官通達との関連における有権的解釈であり、従って適法有効なものなりと理解した被告人らの認識について、刑法第三八条第三項本文に所謂法の不知に基く犯意の成立を認定することは当を得ない。

(三)租税法律主義との関連について、

およそ租税法律主義の税制下においても個々の納税者に対する具体的課税乃至徴収は当該所轄税務署の長の裁量権に基いて実情に即してなされるものであるから被告人としては解放同盟乃至同和会が申告の代行をした納税者に対する納税は具体的には常に当該所轄税務署長の裁量権に基く格別の行政的措置としての優遇がなされてきたものと認識していた。

かって判例は「むじな」は狩猟法で、捕獲を禁止されている「たぬき」とは別物であると信じてこれを捕獲した場合は、狩猟法の禁止する「たぬき」捕獲するという認識を欠くものであって、犯意を阻却するものと解したが(大一四・六・九大判、刑集四-三-七八)、前記の如き事情のもとに、税務官署が一種の課税慣習として反覆継続してきた解放同盟乃至同和会関係の代行申告した納税に係る減免の取扱が適法有効なりとの認識の許に、同様方法により税の減免を得んとしてなす所為は、これを租税法律主義の理論と対比検討を試みても、前記「たぬき」と「むじな」の錯誤の場合以上に(税法違反の)犯意を阻却するものと解するのが相当である。

(四)本件各納税の申告に関する被告人の認識

1 被告人としては、右の通りの認識のもとに、納税者である中川清一や村上治が各所得税の納税申告代行を全日本同和会京都府市連合会本部の税対担当者であった事務局長長谷部純夫に委託するにつき其の仲介幹旋をしたものであるから、少くも被告人においては右納税者や長谷部純夫らの右所為が所得税法第二三八条に違反する罪に当るものとは些かも認識していなかったものであり、况んや自己の同仲介斡旋行為が斯かる犯罪行為に加担することとなるなどとは夢想だにしなかったものである。

2 右の通り被告人には本件各所為につき何らの犯意をもこれを認める余地がないものと思料されます。

第二、被告人の捜査段階における「犯意の自白」について

一、自白内容の事実相違点について

被告人は検察官作成の供述調書中において

(一)同和会が代行申告する納税についての税務ご当局側による行政上格別の配慮優遇は同和地域外の納税者には適用されない筈のものであるから、本件各納税者らの納税については右行政的優遇措置の適用を受ける資格がなく、従って本件各納税者らの納税につき同和会がその納税申告を代行して右優遇を受けること自体が所得税法違反となることについては被告人は予めこれを認識していた旨の趣旨、とか

(二)同和会の長谷部らは右申告代行に当たり各納税者らの為に架空の債務保証書等を偽造し、これを各申告書に添付して提出し以て税務官署を欺罔して当該納税額を不法不当に削減するが如き所為を繰返し、その謝礼として納税者らから多額のカンパ金を収受していたのであるから、被告人が本件各納税者らを右長谷部に仲介斡旋すること自体が脱税行為への加担に該当することについては、被告人には予め既に認識があった旨の趣旨、とか

(三)被告人自身もまた、長谷部が本件納税者らから同和会宛カンパ金名下に収受した謝礼金の中からその分け前金である事実を認識し乍らこれを収受したものである旨の趣旨、などを繰返し供述し、以て本件犯行に係る被告人自身の犯意を実に念入りに自白している。

然し乍らこれらの自白は何れも被告人が検察官から連日且長時間に亘り所謂理詰めの誘導乃至誤導尋問を繰返された結果、予ねて理論水準の必らずしも高くはなかった被告人が遂に神経的に疲労困ぱいの揚句、ほとんど半ば自暴自棄の心境に陥った状態のもとで為した何れも事実無根の自白に尽きるところである。

二、被告人の所為に係る真相

被告人は本件各所為に際して何れも

(一)被告人の予ねてからの見聞によれば、解放同盟が多年に亘って納税者らの為に納税申告の代行をするに際して、申告代行委託者である当該納税者らが現在同和地域に居住している場合に限定していたような事実は全く見聞しなかった許りか、税務ご当局側でも敢えて当該納税者らの具体的資格は全く問題としてはいなかったし、その後同和会において納税者らの為めに納税申告の代行をするに至ったものの、この点については何ら具体的に之れらの納税申告代行委託納税者らの資格について全然問題にされてはいなかった許りか、同和会の手で申告の代行をした納税については税務ご当局では総て、従来解放同盟の手で申告の代行がなされた場合の納税と同様に格別の優遇を与えられる旨の諒解が税務ご当局側と同和会側との間で成立ずみであることを、被告人は同和会京都府市連合会本部の長谷部その他から幾度か耳にしていたところであった。

従って被告が、現在同和地域に居住していない納税者は税務ご当局から同和対策の一環として納税上の優遇を受ける資格がない筈であるから同和会が斯かる納税者らの為めに納税申告の代行をして当該納税者らに納税上の優遇を得しむることが税法違反に当るなどと言うような供述を為すべき当然の思考的基盤ともなるべき被告人自身の事前の認識そのものが全く存在してはいなかったのであるから、斯かる事情に徴しても、検察官による前掲の如き方法での取調べに基く特殊の事情のもとにこそ、被告人が恰かも予ねてから既に右の如き認識を抱いていたかの如く「不実の自白」に及んだものである事情は明白と言わなくてはならない。

(二)被告人としては、屡々、同和会の税対責任者である長谷部は税務ご当局側から一々個々の具体的な手続上の指導の許に一連の納税申告代行の手続をしているものと耳にしていたのが真相である。

従って長谷部らが何らかの方法で税務ご当局を欺罔して納税上の優遇を騙取しようとしているなどとは夢想だにしていなかったのが真相である。

従って、これに反する前掲趣旨の検察官調書中での被告人の各供述は、何れも専ら前同様の方法による検察官の誘導的乃至誤導的な所謂理詰めの尋問の反覆継続の心理的圧迫の結果引き出されて録取されたものである事情が明らかと認められる。

被告人としては、同和会のなす前記納税者らの為めの納税申告の代行は、これによって納税者らに納税上の優遇を得しめ、以て当該納税者らから謝礼の意味のカンパ金を得て同和会の同和運動の為めの必要活動資金を獲得すると共に、これらの納税者が同和会々員として同組織に入会する機縁たらしめ、或は当該納税者らと同和会との間の同調者関係を新規に設定するなどの方法により、同和運動の社会的発展と飛躍の機会を把握しようとするものである旨を屡々耳にしていたのが真相であって、右長谷部らの同和会役員らが検察官らの主張される如き所謂脱税コンサルタントを働いて、納税者らから同和会宛カンパ金名下に実は一部の役員ら個人の利得を企んでいるなどとは毛頭考えて試たことはなかったし、また本件各納税申告の代行に伴う諸般の後始末が終了した段階で被告人が長谷部事務局長から金員の交付を受けたことは事実であるが、之れらの金員は、実は、被告人が納税者を長谷部に紹介した謝礼金として、個人資格の長谷部から右カンパ金の分配としてこれを個人としての被告人に交付されたものでは全然なく、専ら、同和会京都府市連合会本部事務局長としての長谷部から同連合会南支部長の任に在る被告人が同支部の組織活動費その他の同支部運営の為めの予算として交付を受けたのが真相である。

従って右に反する検察官調書中での被告人の供述なるものは何れも検察官による前同様の方法で誘導乃至誤導的尋問の長時間に亘る反覆継続の揚句、前同様の経緯によって引き出され録取されるに至ったものであり、その間には些かの信ぴょうすら之れらを認めるに由なきは言を待たないところである。

三、検察官作成に係る被告人供述調書中の自白の信用性について

右により明らかな通り、右各検察官調書中での被告人の為した自白なるものの録取内容については何らの信用性も存在しないものである。

第三、情状について

一、被告人の自粛自戒

被告人としては前起の通りの事情から、被告人の本件各所為が脱税行為として税務ご当局のお手により告発を被るというが如きは真に夢想だにもしてはいなかったのが実状ではありますものの、同告発に止まらず検察官により身柄拘留の儘、所得税法違反の罪名を以て公判請求を受けた許りか、原判決により何れも有罪とのご認定を受け唯々驚き入ると共に、他方これを敬けんに受止め、向後は如何なる状況のもとにおいても常に「り下に冠を正さざるの心掛け」に徹すべき旨固く自己の良心に誓い、ひたすら謹慎の姿勢に浸っている。

二、本件各納税者らに対する心境

被告人としては其の後の家族の病気や商売の不振その他による相次ぐ経済的打撃を被り、その為め本件各納税者らが、被告人の故意過失とは無関係とはいえ、本件税法違反問題の発生によって受けた被害の、せめて一部なりとも償いたい旨の心算を末だ実践するには至っていないものの、将来自己の可及的可納な範囲内において極力その努力を尽くすべき旨固く心に決しているものであります。

第四、結論

一、右の理由により、貴庁におかれましては原判決をご破棄の上、被告人に対し無罪のご判決を賜わりたく、

二、若し仮に右が認められないとしても、前記諸般の事情をご酌量相成り原判決をご破棄の上、被告人に出来得る限りのご寛大なるご判決をお願い申し上げる次第であります。

以上。

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